ハッシュタグ「 #死について考えよう」を運用開始
この度、Twitterで「#死について考えよう」というハッシュタグを使い始めることにしました。 従来から死に関する考察をつぶやくことは多かったのですが、それをまとめて見られるようにするための取り組みです。またゆくゆくは、他の人にもこのハッシュタグを使ってもらい、同様の問題関心を持つ人同士がつながる「場」になればいいな、なんてことも考えています。...
View Articleスピリチュアルと死生観
はっきりしたことはわかりませんが、近代的な価値観とりわけ自然科学の知見に触れる前の日本人には「自然を畏れる」「天を畏れる」という姿勢があったはずです。 科学とそれを応用したテクノロジーが人類の生活にもたらした恩恵は凄まじく、今さらそれ無しでやっていこう、というのは絵空事に過ぎません。もう後戻りはできないのです。...
View Article樹木希林という「教祖」
去年9月に樹木希林さんが亡くなって、8ヶ月ほど経ちました。 死後も彼女の言葉を集めた書籍が何冊も出ており、中にはベストセラーになったものも。彼女の生き様、そして考え方が多くの人の共感を集めている、ということなのでしょう。 「理想の最期」を体現した樹木希林さん 30代で語った死生観とは : yomiDr. / ヨミドクター(読売新聞)...
View Article命を軽んじる思想
タイトルを見てギョッとした人も多いのではないでしょうか。 別に逆説とか反語というわけではなく、私は本当にそれが望ましいと考えています。もちろん、他人に強要することはできませんが。...
View Articleキャンサーギフトという「贈り物」
がんになった人が時折「がんになってみて悪いことばかりじゃなかった(良いこともないわけではなかった)」といった感慨を漏らしていることがあります。 がんになったこと自体は喜べませんよね。それでも、病を抱えていることで見えたこと、そうでなければ味わえなかったような体験、出会わなかったような人に出会った、といったことがあるようなのです。 海外ではキャンサーギフトなどと言ったりもするようです。...
View Article死がどんどん遠ざかる
平均寿命が延びて、長生きできるようになったこと自体は喜ぶべきことと言えるでしょう。 けれどその結果、人々が老いや死というものから目を背ける傾向が強まっているような気がしてなりません。おのれにもいつか必ず訪れるのに、それを認めようとせずできるだけ抗おうとするような。...
View Article在宅看取りと日本人の死生観
「自宅で最期を迎えたい」と望んでいる人は多いのに、必ずしもそれが叶っていない。日本の課題の一つです。 端から諦めてしまっている人もいるでしょうから、実際には「(可能なら)できるだけ家で療養したい」という人はかなりの割合に上るはずです。...
View Articleいのちの大切さ?
広島・長崎の原爆の日から終戦記念日にかけてのこの時期、メディアには戦争についての語りがあふれます。そこで繰り返されるセリフが「いのちを大切に」といったものです。 確かにいのちを軽んじるような世の中は、誰しもまっぴらだと思うことでしょう。その限りでは、反対する人は誰もいないはず。けれどそのお題目をひたすら唱えていればそれが実現するのかどうか。甚だ疑問です。...
View Article死生観と信仰
日本における死生学の言説に多大な足跡を残したアルフォンス・デーケンさんが先日、88歳で亡くなりました。 私も書棚にデーケンさんの著作を2冊ほど備えており、影響を受けた者の一人です。ただ世代、そして生きてきた時代が違うのはもちろんとして、彼の心にはキリスト教への信心が常にあったことを思うと、「デーケンさんの考えを全部は理解できていないよな」という気がするのも事実です。...
View Article